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施設には、人材紹介会社をはじめとした様々な営業電話がほぼ毎日かかってくる訳だが、

丁度今時分は今春に入社したであろう新人営業マンからの電話に対応する機会が多いようにも感じる。

随分とたどたどしく、電話越しにもひしひしと緊張感が伝わってくるので、こちらもやや構えてしまうものだ。

しかし、自身も過去には営業マンとして艱難辛苦を味わってきただけに、余計なお節介かもしれないが、

途中で話の腰を折らぬように心がけている。

 

一本でも多くの事業所に営業電話を掛ける方が、より成果に結びつく確率が高いとは思うのだが、

対面とはまたひと味違う電話営業の過酷さを同期の同僚から当時毎日のように聞かされていただけに、

例えたどたどしくとも最後まで聞いてあげようと思ってしまうのである。

 

そんな折、古くから仕事上でのお付き合いのあるベテラン営業マン(以下:Aさん)から施設へ電話が掛かって来た。

コロナ禍に加えて、職員募集を行っていなかったことも重なり、かなり久しぶりの電話でもあった。

Aさんとは浅からぬ縁がある。

数十年前に私が人材の紹介をAさんに依頼したのがきっかけで、顧客と取引先という関係性において紆余曲折ありながらも良好な関係を続けてきた。

浅からぬ縁というのも、その昔Aさんから紹介いただいた派遣社員と当時私が在籍していた事業所で大きな労務トラブルが発生し、

我々当事者だけでなく、双方の会社を巻き込んでの一大事となってしまった。

後にわかった事ではあるのだが、いわゆる「労務ゴロ」常習者の計画的な行動であったのだが、

私もAさんもその当時、業務時間の大半をその対応に追われ続けていた。

Aさんとお出会いした際には、大変な思いをしたその昔話の話題になるのは必然なのである。

労務管理における些細な妥協や怠慢は、後に深刻な事態につながる可能性があることを、身をもって学ばせていただいた。

数十年経った今でも、私もAさんにとってもお互いに忘れることが出来ない出来事である。

 

そんなAさんからの用件は、転職により関西を離れるとの私にとって何とも寂しい連絡であった。

数十年来のお付き合いではあるものの、お互いにプライベートは詮索しないようにしてきたが、

もう定年までは関西に戻って来ないだろうとの事であったので、最後に仕事以外の話も色々とさせていただいた。

仕事ぶりも丁寧かつバイタリティがあり、見習うべき点がたくさんあった。

きっとAさんは新たなフィールドでも培ってきたスキルを遺憾なく発揮して活躍されることだろう。

ビジネスライクなお付き合いも良いのだが、Aさんのような昔気質な営業スタイルも決して悪くはない。

またそんな関係を築いていく営業マンと今後出会うことはあるのだろうか。